京都地方裁判所 昭和40年(ワ)308号 判決 1965年9月30日
原告 森啓東
右訴訟代理人弁護士 張有忠
被告 株式会社三和銀行
右代表者代表取締役 上枝一雄
右訴訟代理人弁護士 竹田準二郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金六、六五〇、一〇〇円およびこれに対する原告の昭和四〇年九月一三日付準備書面到達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおりのべた。
「(一)原告は被告銀行聖護院支店に対し、昭和二〇年六月二〇日に一、一三四円五〇銭を同年七月一五日に八、八〇〇円を普通預金として預入れた。
(二)原告は昭和二一年一月中旬、前記支店において、右預入金合計九、九三四円五〇銭の払戻を請求したが、被告はこれに応じなかった。
(三)原告は被告が右預金払戻請求に応じないため、次の如き損害を被った。
すなわち、原告は昭和二〇年九月復員後右預金の払戻を受け土地家屋を買い求めて商売を始めるべく、昭和二一年一月初旬当時訴外伊知地浜五郎所有の京都市左京区鹿ヶ谷上宮崎町三四および三五番地、宅地九〇坪三合九勺を代金六、〇〇〇円、同地上の訴外陳有諒所有の木造瓦葺二階建居宅一棟建坪五三坪八合を代金三、〇〇〇円で買受ける契約を右各所有者となしたが、被告において原告の右事情を知りながら、預金払戻請求に応じないため右代金に充てる資金がなく遂に履行できずに終ったものであるところ、右土地および家屋はその後高騰を続け、昭和四〇年八月における時価は右土地が六、三二七、三〇〇円、右家屋が三二二、八〇〇円となり、原告は右時価の合計六、六五〇、一〇〇円相当の損害を被った。
(四)よって、原告は被告に対し、右損害金六、六五〇、一〇〇円およびこれに対して、被告の昭和四〇年九月一三日付準備書面が原告に送達された日の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因のうち原告がその主張のような預金をしたことは認めるが、原告がその主張の日時右預金の払戻を請求したことは否認する。原告が預金払戻請求をしたのは昭和二一年二月一七日以降の金融緊急措置令による預金封鎖のなされている間においてであったから、被告銀行がその払戻請求に応じなかったのは何ら違法ではない。」とのべた。
三、証拠≪省略≫
理由
原告の本訴請求は、被告銀行が、原告の預金払戻請求に対して違法にその支払を拒絶したことが不法行為にあたるとし、右不法行為による損害の賠償を請求するものと解される。
ところで原告主張事実自体は被告に預金契約上の債務不履行の責任のある事実であることは明らかであって、一般的に言えば、契約上の債務不履行責任は債権者・債務者間の契約に基く責任であり、不法行為責任はかかる契約関係の有無にかかわりなく一般的に起りうる問題であって、債務不履行責任の部分についても同時に不法行為責任が成立しうると、考えられる。たとえば、家屋の賃借人が過失に因りこれを焼失させた場合のように債務に関連して不法行為がなされたような場合、自動車等による運送品や旅客が債務者の責による交通事故によって被害を受けた時のように債務者が債務の履行にあたって不法行為をした場合、詐欺の手段として契約を締結する如く不法行為の手段として債務を負担した場合などにおいては、債務不履行責任と不法行為責任とが競合的に成立すると認めるのが相当である。
しかしながら、債務不履行の成立要件はあるが、不法行為の成立要件とされる「違法性」が単に債務不履行という事実についてのみ存するような場合には債務不履行責任のみが成立するにとどまり不法行為責任は成立しないものと言わねばならない。ところで本件のような預金契約に基く金銭債務の不履行にあっては、まさに右の場合に該るのであるから、不法行為の成立の余地がない。また債務不履行に基く損害賠償請求についても金銭債務にあっては法定の遅延利息を請求することができるにとどまり、それを越えて現実に生じた損害の賠償を請求することはできないものである。
以上のとおりいずにしても、原告の本訴請求は、その主張自体失当であるので主張事実の存否の判断をするまでもなく理由がなく、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 喜多勝)